2012.03.03 06:37


こんにちは〜〜


今日はひな祭りですねっ。 ………すみません、それだけです………


このところの続き物、本日最終でございます。
こんなぐだぐだ話にお付き合い頂いた天使さま、どうもありがとうございました。 

もしよろしかったら追記からお付き合いください。

















「薪が殺したんだよ、さっき葬儀の前にも、鈴木のお父さんから怒鳴られてたじゃん、尋常じゃないよ、あの剣幕は」
 辺りを気にして小さな声の、しかしひどく薪を咎める後藤の声に、小島は急に現実に引き戻された。
 一瞬、今いる状況が飲み込めなくて小島は瞬きする。気が付けば自分以外の3人は、恐ろしい目をして薪を責める言葉を積み重ねていた。
「自分で殺して、平気な顔して葬式出る、って……良心の呵責とか感じないのかな」
「普通は無ぇ、わな」
「親に会わせる顔、ねえし」
「やっぱり頭良すぎると一般と感覚が違うってことか、天才も使い様では怖いね」
「そう言えば昔、人間の心なんて脳内の電気信号でしかないから殺したって機械壊したのと同じだって銃乱射した事件あったな?」
「ああ、外国のどっかの大学でね、やっぱり頭良いやつが起こした事件だったよな」
「まさか薪もそんな感じ? 人間なんて直立歩行機械くらいにしか思ってなかったりして」
「でも、普通もうちょっと躊躇するだろ? 友達だよ? 大学時代からのさ」
「まったく知らない奴じゃないんだ、それを一発で」
「つまり、さ………」

 薪にとっては鈴木の命なんて、自身の危険と比べたら躊躇わず見捨てられる、その程度のものだったんだ。

「ああ、よかった…おれ薪と親しくなくて」
「そうだよ、いざって時に引き換えに殺されたらたまったもんじゃないし」
「鈴木も気の毒だったよな、アブナイのと友達で、しかも同じ職場でさ」
「おい、おまえら……」
 ちょっと待てよ、と言い掛けて、小島は口を噤んだ。言うべき言葉がみつからない、だって彼らは見ていないのだから。


 鈴木の葬儀中に、焼香の雑多に隠れる様に雪子がたった一人葬儀会場を出ていくのを小島は見止めた。
 泣きはらして真っ赤な瞳は虚ろで足取りも覚束なげだったから、危なくはないかと気になったのとそれから、何か一言くらい言葉を交わしたくて反射的に小島は彼女の後を追っていた。

 滑るような動きで、雪子はもう誰もいない受付の横を通り境内の裏手に回った。
 まだ降り続いていた纏わりつくような細かい粒の雨も気に掛けず、漆黒の喪服も濡れるままに、雪子が立ち竦んだその先には薪が、まるで祈りを捧げるひとのような姿勢でくずおれていた。

 雨に濡れるのも服が汚れるのも、彼は気にしていないようだった。
 長く降った雨にぬかるんだ地面にほとんど正座して、雨の音に紛れて切れ切れに聞こえてくる読経の声に、何度もこうべを垂れては濡れて色の濃くなった髪を地に散らした。
 細く頼りなげな肩は震えて、時折天を仰ぐように上がった額からは、決して聞こえてはこない慟哭が伝わってくるような気がした。

「雪子ちゃん、こんなとこにいたの?!」
 斜め後ろから急に声が聞こえて、小島は飛び上がるかと思った。振り返ればさっき鈴木の親族席に座っていた、多分鈴木の叔母と思われる女性が、傘で驚いた顔が濡れないようにして立っていた。
 声を掛けられて、ゆっくりとした動作で雪子が振り返るのにその女性が駆け寄る。二人とも小島の姿は目に入っていないようだった。

「なに、してるの?!」
 咎める声は涙声だった。雪子は無言のまま、視線を動かして直前まで自分が見ていたものを教える。
「……いいからっ」
 それが、地にひれ伏す薪だと認めると、禍々しく見てはいけないものを見つけてしまったとでも言うように顔を歪めて、その女性は雪子の肩を力強く引き寄せて傘の中に引き入れた。
「もう、今日でお別れなのよ…せめて、最後までずっと、克洋の傍にいてあげてちょうだい」
 それから、まるで大きな子供を連れる様に、力ない雪子を抱き締めながら、寺の中へ戻って行った。

 小島は、どちらにも声を掛けることが出来なかった。
 鈴木を愛して、今はその悲しみの中心にいて全ての人から哀惜と憐憫の情を一身に受ける雪子と、鈴木が愛して、しかし今はおまえこそ悲劇の元凶だと哀悼の場から弾き出され彼の死を悼む権利さえはく奪された薪と。

 愛したひとを失ったどちらにも、あの時の小島は言葉を持たなかった。


 だからせめて、
「あんまり酷いこと言うなよ……鈴木と薪は本当に親しかったよ、今だって」
 口さがなく薪を責める旧友たちから、薪を庇いたくて小島はなんとか口を開く。
「………なにか、訳があったんだよ、薪にはそうする、さ………」
「情状酌量、ってやつですか?」
 皮肉っぽく返したのは後藤だ。
「小島もけっこう薪と仲良かったもんな」
「鈴木と3人で飲んだりしてたろ?」
「気を付けろよ、小島、次はおまえが薪に殺されちゃうかもしれないぜ? なにしろ奴は、ひと一人殺して何のお咎めも無し、ってやつなんだから」
「………………」
 いよいよ言葉が継げなくなって、小島は不機嫌そうな顔で黙り込んでしまった。事の顛末を新聞以上に何も知らない自分では薪のことを庇うことはできない。
 鈴木が何を思って死にいたったのかも、もう世界中の誰も、はかり知ることはできないのだ。

「おい、小島、そんなに怖い顔するなよ」
 己の不甲斐なさに、俯いてしまった小島を、自分たちが責めた故と思って田中が慰める。
「……そうだよな、確かに薪も…友達だったんだ、なのに」
 いったいどこでどう、歯車が狂ってしまったんだろうか。
「平気、なわけ、ないよな…………」
「声くらい、掛けてやればよかったかな」
「おれは嫌だね、友達だって人殺しは人殺しだ、ひとを殺したら、自分の命で償うべきだ、それが当然だろ」
「後藤!」
 根元にきつくたしなめられて、後藤が気まずそうに口を噤む。視線を逸らして、それから思い出したように、温くなり掛けたコーヒーに口を付けた。
 彼に倣うように、3人も自分のカップを持ち上げる。気まずい沈黙に、ラジオの音が耳に届く。

 楽観的なパーソナリティのおしゃべりが不快に聞こえた。何がそんなに可笑しいのかと、思うくらいの大笑いの声の後で、それではこれが最後の曲ですと、聞こえてきたのは懐かしい、サイモン&ガーファンクルの『明日に架ける橋』だった。

 きみがすっかり弱って 自分がちっぽけに思えてきて
 その瞳が涙にぬれてしまったら ぼくがその涙を乾かしてあげる
 ともだちがひとりもいなくて 辛くてたまらない時だって
 ぼくはきみの味方だからね
 荒れ狂う水の上に架かる橋のように きみのためにぼくはこの身を投げ出すよ

 美しいピアノのイントロダクションにアートの透明な歌声が静かな祈りのように重なる。優しく慈しみ深い歌詞が聞こえて来るのに、小島は昔聞かされた鈴木の言葉を思い出した。

「薪が弱ったときに、弱音吐かせて、支えて、手助けしてやれるような」
 薄暗く雑多な部屋の中で、弱って寝入った薪を目の前に置いて、小さな声で、しかし鈴木ははっきりと強い口調で確かにそう小島に言った。
「薪から、いざって時に頼りにされるような、そういう友達になりたいんだ」

 鈴木、おまえ、確かにおれにそう言ったじゃないか。薪が弱って困ってる時にこそ助けてやりたい、って。今がその時じゃないのか、なのになんで居ないんだ。
 薪とそれ以外に、架かる橋になるんだっておまえは言ったのに、雨の中で、どうして薪をたった一人で泣かせたりするんだよ、絶望に打ちひしがれて泣く今の薪を、抱き起して支えてやれるのはおまえしかいないだろ、なんで居てやらないんだよ。
 どうして、死んじゃったりしたんだよ。

 急に小島は泣き出した。
 俯いて、テーブルの上で硬く握った拳の上に自分の涙がぱたぱたと落ちかかる。驚いて、根元だか田中がいったいどうしたと心配そうに肩に手を置くが、どんな言い訳も小島は出来ない。
 ただ、どうしようもない取り返しのつかなさに、苦しい嗚咽を飲み込んで、小島が涙を流し続けるのに、彼の周りでは戸惑う友人たちと、アート・ガーファンクルの鈴のような声が福音のように響いていた。


 すっかり疲弊して、小島は他の3人を置いて一足先に喫茶店を出た。
 からからと鳴るドアチャイムと、件のウエイトレスの挨拶に送られて外へ出ると、降り続いていた雨は止んで、夏の夕方にオレンジ色の陽が射しはじめていた。

 灰色をした雲は、その切れ間から射す陽の周りから柔らかな七色のグラデーションを描く。地上では、道のそこかしこに出来上がった水たまりの縁が何かのしるべのようにきらきらと光を反射している。
 眩しくて、小島は傘を持った手を額に当てて瞳を隠した。
 背中には、さっき店の中で聴いた歌が追い掛けてくる。

 顔を上げて きみのゆめまでもう少しだよ
 ひとりが怖かったら ぼくがいっしょにいてあげる
 荒れ狂う水の上に架かる橋のように ぼくがきみのこころを休ませてあげるよ

 一緒にいてあげる。そうか、と小島は思った。
 鈴木は誠実で、いつだって嘘なんて言わない男だった。こと薪に関しては。だったら、きっと、鈴木は彼自身の希望した通りに、薪と彼以外を繋ぐ橋になるべくその命を落としたのだと、急に小島は確信した。
 まだ幼かったあの学生時代に、決心したその通りに、鈴木はその身を処したのだ。

 でも、それは正しいことだったのか?

 俯いたまま、小島は日暮れの街の雑踏に歩を踏み出した。
 西の空では、暮れかけた太陽がまだ、朱色じみた色彩で地上を照らし続けていた。










(お終いです)
最後まで読んで頂いて、本当にありがとうございました。

途中で出てきた、捜査は小さな円から云々というのは確か某法医学者の方がご著書でそんなことをおっしゃっていて、天才は思考がジャンプするというのは、なんかアインシュタインのメモ?にそんなの(考える+飛ぶ)があったのを見た気がして書きました。 でも、右京さんとか、そんな感じじゃないかな?
つまり、天才の思考ルーチンはわからない、ってことで……薪さんの心情はあいまいでございます。

まあ、主人からは「おまえが一番何を考えているかわからない」って言われるんですけどねっ。

失礼しました。

こんなとこまで読んで頂いて、ありがとうございました。

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